さよならシリコンバレー

明日から、8年間住んだサンフランシスコ・ベイエリアを離れてラスベガスに引っ越します。

びっくりでしょ。いやー自分でもびっくりです。なんせ、そんなことは数ヶ月前までは考えたこともなかったからです。ある日の突然の思いつきで、ラスベガスにコンドミニアム(日本でいうマンション)を購入することを思い立ち、そこから3週間後には現地で契約書にサインしていました。いわゆる衝動買いというやつですかね。。。ともかく、あっという間でした。

で、このことを言うと、色々な人に「なぜ?」と怪訝な顔で聞かれるので、自分自身で整理する意味でもきちんと書いてみようと思いました。

結論をひとことでいうと「経済的な合理性」なのですが、まずは背景から。

高騰する家賃

サンフランシスコは、家賃がどんどん上がっています。どのぐらい高いかというと、2013年の現在、1ベッドルーム、日本でいう1LDK的な間取りの平均家賃が$2,700です。日本円にして約27万円、良い地域だと$3,500を超えます。2ベッドルームの平均で$4,000です。いきなり無理そうですね。

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Mapping the Average Rental Rate of a One and Two Bedroom in San Francisco

こんな状況のなか、我が家では、ぜいたくかもしれませんが、こだわりの条件が4つありました。それは

  • ペット可(犬を飼っているので)
  • 洗濯機がある(あとで説明します)
  • 2ベッドルームあるいは1ベッド+DEN(在宅勤務なのでオフィスの空間がほしい)
  • 2階以上(セキュリティ的な意味で)

でした。とくに「洗濯機」は、知らない人は驚くかもしれませんが、こちらのアパートでは部屋に洗濯機がおける物件はほとんどありません。だいたい、共用スペースに設置されている(たいてい有料の)コインランドリーを使うか、近所のコインランドリーまで洗濯物をもってでかけます。そういうライフスタイルに慣れてしまえばいいのでしょうけど、毎日洗濯をしてくれているのは奥さんなので、ぼくには口出しする権利がありません。。。逆にいうと、月に27万円払っていても、洗濯機すらないことが多いということです。すごいですね。

それで、上記のような条件で探すと当然ながらとても手が届かない家賃($6,000とか)になるので、思い切って何かを妥協する必要があります。そこで、我が家では「ロケーション」「治安」をあきらめました。ジャパンタウンの南のほう、というと、地元のひとなら「あぁ、あそこね。。。」と微妙な顔をするエリアです。低所得者向けの住居が密集し、いわゆる黒人街で、まれに銃声が聞こえたりもします。ま、実際に住んでみればそれほど悪い場所でもなく、サンフランシスコのど真ん中でどこへ行くのにも便利な場所なのですが、雰囲気とかイメージはとにかく悪い。

ともかくそんな場所にある、しかもキッチンの下水が逆流してくるという問題が最後までなおらなかったようなボロいアパートに住んでいるのですが、ここに2009年に引っ越してきたときの家賃が、ちょうどリーマン・ショックで下がっていた時期で、$2,550でした(駐車場$200+ペット$50込みで)。高いと思いますか?いやいや、これでも安かったんです。それが、そこから毎年$200-$300のペースで値上がりを続けて、現在の家賃は$3,400になっています。現在も順調に値上がりを続けているので、おそらく次回の更新でまた上がることでしょう。これはもうさすがに無理、ということで、根本的な対策を考える必要がありました。

もちろん、こんなに急激に値上がりするのではあまりに生活が不安定ということで、サンフランシスコ市にはrent controlという条例があって、1979年以前に建てられた古い物件については、上げられる家賃の上限がインフレ未満(年あたり約2%程度)とさだめられています。しかしこの制度は悪い方向に作用してしまい、「何年ものあいだ2ベッドルームの部屋を$900で借りているお金持ちの隣に、同じ間取りで$2500の家賃を払っている人がいる」みたいな歪んだ市場をつくりあげてしまい、不公平感もさることながら、大家からすると逆に家賃が安すぎて現在の物価では実費ベースで赤字になるので空室なのにあえて貸し出さない、というようなことが起き、そのことがさらに賃貸の供給不足を加速して相場が上がる、という悪循環になったりしています。

How Rent Control Subsidizes San Francisco's Super-Rich

バブルの再来

家賃があまりに高いので、それだったら家を買ってしまうのはどうでしょうか。調べてみると、そのほうがもっと大変だということがわかります。たとえば、サンフランシスコの家の価格の中央値は$800,000となっています。どうでしょう、約8千万円。頭金に20%入れて、4%の固定金利で30年ローンを組んだとして、金利+元本+税金+保険まで加味すると約$4,000/月ぐらいです。コンドミニアムだと管理費も必要なので、$4,500/月ぐらいでしょうか。ありえないぐらい高いと思う人もいれば、なんとかなるという人もいるでしょう。頭金さえなんとかなれば、プロフェッショナルな仕事で共働きの若い夫婦が払える上限、ぐらいな感じです。

しかし本当の問題は、その$800Kでどんな物件が買えるか、です。何度もオープンハウスに足を運んでみたのですが、その価格帯だと、びっくりするような狭い部屋だったり、不便なロケーションだったり、古くて大きな手直しが必要なものが多かったです。そしてやっぱり洗濯機は共用スペースにあります。これならアリかな?と思える物件は、たいてい$1Mを超えていました。

$1Mといえば億ションです。ため息が出ますね。ところが本当の問題はここからです。その「まぁ、アリかな」的な億ションが週末にオープンハウスをやると、わさわさ大量の人が入れ替わり立ち代り押しかけ、週明けにはもうペンディング(契約済み)ステータスになるのです。そして、しばらくしてから、その$1Mの家が$1.3Mで売れた、と通知がきたりします(不動産の履歴は公開情報なのでリアルタイムに更新通知してくれるアプリがいろいろあります)。つまり、何人もの買い手がむらがってオークション式に価格を釣り上げて、30%増しの価格で売れたということです。この物件なんかがまさにそれです。

さらに、最近の傾向として、にこにこ現金払いのキャッシュバイヤーが増えています。ローンを組むと、書類審査で時間がかかったり、審査に落とされたり、契約後にキャンセルされるリスクがあるので、売り手はもちろんキャッシュバイヤーのほうを好みます。億ションをポンと現金で買えるひとたちが近所だけで何千人何万人といる地域なので(さらに世界中の金持ちが参加する市場なので)、普通の人では勝負にならないのです。

そこで、普通の人が競争に勝つためには「この家のここに惚れました」的なラブレターを書いてみたり、ありとあらゆるクリエイティブな工夫が必要です。先日きいた話だと、クラシック演奏家の夫婦がオープンハウスに行ったときに、バイオリンを取り出して音響を確認しているところをエージェントのひらめきでビデオに録画し、それと実際のコンサート映像などをビデオ制作会社に編集させて感動のドラマに仕立てあげたものをオファーレターに含めて勝ち取ることができた、というような話もありました。

ちなみに、これでもサンフランシスコはまだマシなほうで、シリコンバレー発祥の地でありスタンフォード大学のあるパロアルト市では、中央値が$2.5Mを超えています。一応計算してみますか?頭金に20%(5000万円)入れて、4%の固定金利で30年ローンを組んだとして、金利+元本+税金+保険で約$12,000/月ぐらいです。実際にはこんな多額のローンを4%では組めませんけどね。ははは。。。

パロアルトでは世帯年収が$100,000ぐらいだと低所得者という扱いで補助も受けられるらしいのですが、そんなところでスタートアップがやっていけるのかちょっと疑問ですね、とかいう話はまた別の機会にするとして。

まぁともかく、そんな感じの市場なのです。2007年のバブル崩壊から6年目にして、またしてもバブルが戻ってきたのです。

まだ立ち直れていない地域

そんな中にあって、バブル崩壊のダメージからまだ立ち直れていない地域がいくつもあります。デトロイト、フェニックス、マイアミ、そしてラスベガスなどです。

これらの地域では、いまだ相場がピーク時の価格の半分ぐらいにとどまっていて、所有する家の市場価値よりもローン総額のほうが大きい、いわゆるアンダーウォーターな人たちが多数います。そういう地域では未処理の夜逃げ・差し押さえ・競売の物件が山のようにあり、不動産相場は二度ともどってこないかのように思われていましたが、ウォール・ストリートのヘッジファンドが押し寄せて格安の競売物件を根こそぎ買い取り、賃貸として市場に出すことで、ここ1年で$100,000前後の物件の需要と価格が急上昇しました。ローンの支払いがデフォルトして家が差し押さえになった人は数年ほど次の家を持つことを許されないので、その間は賃貸で暮らす必要があります。すなわち、賃貸の需要が増えているということなのです。

こうした市場のなかでも、ラスベガスはギャンブルの街だからか、とくに上昇と下降の振幅が大きく、つまりハイリスク・ハイリターンの傾向がある市場でした。

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Housing's Rise and Fall in 20 Cities

現在のラスベガスの家の価格の中央値は$150,000となっています。サンフランシスコの1/5以下ですね!

相場としては、急激に戻しつつあるのですが、それでも10年前のバブル前と比べてもまだ安い水準で、テクニカルには「底は打った」と考えることができそうな感じです。

なぜラスベガス?

いまのパンカクでの仕事は在宅でやっているわけだし、どこに住んでいても仕事はできる。それなら、生活コストの安い地域に引っ越してしまうのはアリではないか?そのように常々考えてはいたのですが、サンフランシスコ暮らしが快適でなかなか具体的に行動を起こせずにいました。

しかし、土地に縛られるというのはそういうことで、満員電車が常軌を逸しているにもかかわらず東京に一極集中しているのも、生活コストが高くて苦しいにもかかわらずシリコンバレーから離れられないというのも、同じことだろうと。それならば、誰もまだやってないうちにアウトライアーとして行動してみることには、少なくとも人体実験的な意味はあるだろうと考えました。

シアトル、ポートランド、ロサンゼルス、サンディエゴ、オースティン、デンバー、マイアミなどいろいろ考えたのですが、最終的にラスベガスに決めた理由は

  • 亜熱帯の気候(サンフランシスコが年中寒かったので)
  • 西海岸に近い(時差がない、日本からの心理的な距離も近い)
  • 全米トップ10規模の空港がある(世界中から観光客がくるので)
  • ネバダ州には所得税もキャピタルゲイン税もない
  • 食生活のクオリティが高い(高級レストランからラーメンまで)
  • 自然が多い(グランドキャニオンに行くとき、いつもラスベガスを拠点にしていた)
  • 価値観に多様性がある(いわゆるスウィング・ステート)
  • 人口の増加率がダントツで大きい(1990年に約74万人だったのが2010年では約200万人)
  • Zapposの拠点をサンフランシスコからラスベガスに移したTony Hsiehが$350Mの私財を投じてラスベガス・ダウンタウンを復興させるDowntown Projectが稼働中でスタートアップ・シーンが立ち上がりつつある

などです。

どうせなら「いかにもラスベガス」なロケーションにしてみようということで、ラスベガス・ストリップのど真ん中、全米史上最大の民間プロジェクトとしてMGMとドバイ資本が100億ドル(1兆円)を投じて建設した、規模感としてわかりやすくいうと六本木ヒルズ+ミッドタウンの合計よりもでかいというCityCenterから徒歩すぐという、とんでもない場所にある高層コンドミニアムを選択したのですが、そんな立地でも、サンフランシスコで同等の物件を買うのにくらべれば1/3から1/2ぐらいの水準だったので、難なく購入を即決できました。

こんなかんじ。

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ラスベガスの不動産について書かれた日本語の記事では、こちらが詳細かつ的確です。うちの新居も紹介されています。

また、税金面も重要です。アメリカでは、連邦税と州税の二段階で課税されるのですが、一般的なエンジニアの給与水準だと、連邦税がだいたい25%、カリフォルニア州税が9.3%ぐらいになります。この州税がゼロになるというのは、とても大きい。また、現在のカリフォルニアはデンマークについで世界で二番目にキャピタルゲイン税が高いところとなっています。これも、ネバダならゼロ。法人税もゼロなので、会社を登記する州としてはデラウェアなどと並んで人気があります。

カリフォルニアの重税を嫌って州を離れる人が後を絶たないのですが、もちろん加州も黙っていない。ネバダ州にセカンドハウスを買ったぐらいでは逃げられないようになっています。ネバダに実際に住んでいる、というのは税金対策としては絶大な効果があります。

いよいよ引っ越し

さて、そんな感じで、勢いで決めてしまったラスベガス移住ですが、いよいよ明日引っ越しです。

いま、アメリカ南西部は記録的な猛暑になっています。2005年にラスベガスで発生して死者17人を出した猛暑に匹敵する激しい暑さに見舞われる恐れがあるとして、米国立測候所(NWS)が住民に警戒を呼び掛けています。人生で47度とかいう気温を体験できるときがくるとは思いませんでしたが。

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当初はヨセミテ経由で、NASAがヒ素を代謝する細菌を発見して地球外生命の可能性を見出したと噂のMono Lakeなんかを眺めながら車を運転して行こうと思っていました。しかしそのルートだと地球上での観測史上最高記録の気温56.7度を保持しているデスバレーの近くを通ることになるので(そして今回はその記録に届きそう)、地球外生命より自分の生命がおびやかされているのを感じるので別ルートで行くことにします。。。